界橋の戦い 公孫瓚の反撃
袁紹が冀州を奪ったことに憤慨した公孫瓚は、数万の騎兵を率いて袁紹を攻撃し、両軍は界橋で対峙した。公孫瓚は袁紹との約束(冀州を分け合う)を破られたことに激怒し、「袁紹は欺瞞者だ!吾は必ず冀州を取り返し、袁紹を討ち滅ぼす!」と宣言し、全軍を動員して袁紹を攻撃した。公孫瓚の騎兵は主に幽州の騎士からなり、馬上の戦いに非常に長けており、戦闘力が高かった。公孫瓚は騎兵を先頭に、步兵を後ろに配置し、界橋の近くに陣を敷いた。袁紹は公孫瓚の攻撃を予測しており、事前に軍隊を整えて界橋で待ち構えていた。袁紹の部将・顔良・文醜が猛攻をかけ、公孫瓚の軍は圧倒される形となった。顔良と文醜は袁紹の手下で最も優れた猛将であり、武勇が天下に名を馳せていた。顔良は大槍を持って公孫瓚の騎兵に突撃し、一刺し一振りで多くの敵兵を倒し、公孫瓚の騎兵の陣形を乱した。文醜は弓を使いこなし、遠くから公孫瓚の将校を射抜き、公孫瓚の軍の士気を低下させた。公孫瓚の騎兵は当初は勢いよく攻撃してきたが、顔良と文醜の猛攻に耐えられず、徐々に後退し始めた。界橋の周囲は激しい混戦となり、刀槍の音、悲鳴、馬の嘶き声が混ざり合い、血が地面を染めていった。