李儒の献策
呂布の敗北を知った董卓は慌てて謀臣たちを招集し、対策を議論した。董卓は洛陽を本拠地としていたが、虎牢関の陥落により、洛陽の防御が薄くなったことを知り、焦燥感を隠せなかった。当時、董卓の謀臣の中で最も頭脳が明晰で、策略に長けていたのが李儒である。李儒は董卓の側近として、多くの重要な献策をしており、董卓から深く信頼されていた。李儒は「十八路諸侯の勢いは強大で、洛陽を守るのは難しい。長安に遷都し、洛陽を焼却して財宝や食料を残さなければ、諸侯は追撃しにくくなる」と提案した。李儒はさらに、「長安は関中の要地であり、山河に囲まれて防御に適しており、また、西涼の軍隊との連絡も容易である。洛陽を捨てて長安に移ることで、董卓様は再び勢力を養い、将来的に天下を掌握することができる」と説明した。董卓は李儒の提案を一考したが、洛陽には多くの財宝や宮殿があるため、捨てることに気が引けた。しかし、李儒が「今は一時的な退避であり、諸侯たちが洛陽に入って勢力を強めれば、董卓様の命さえ危険になる」と警告したことで、董卓は即座にこの提案を採用した。董卓は直ちに遷都の準備を始め、大臣たちに命令を下した。