諸葛亮、東呉へ渡る 孫権を説得す
諸葛亮は柴桑に到着し、周瑜・魯粛と会談した。曹操はすでに孫権に降伏を勧める書状を送っていた。東呉の朝廷では主戦派と降伏派が激しく争っていた。魯粛は孔明を孫権に引き合わせた。孔明は孫権に「曹操の兵は百万、将は千員。しかし、彼らは北方の兵で、水戦に慣れていません。将軍が劉備と手を組み、江東の水軍をもってすれば、必ずや曹操を破ることができます」と説いた。孫権はまだ迷っていたが、周瑜が帰還して「曹操は北方の兵であり、水戦を知らず、疫病も流行っています。これこそ破るべき時です」と進言した。孫権はついに決意し、剣を抜いて机の角を切り落とし、「これより曹操を討つ!降伏を言う者は、この机のごとくせよ!」と宣言した。