周瑜の登場 赤壁の戦いの幕開け
孫権は周瑜を大都督に任じ、程普を副都督、魯粛を賛軍校尉とし、水軍三万を率いて曹操と対決することとなった。周瑜は若くして才気煥発、江東の水軍を自在に操り、その名声はすでに天下に知れ渡っていた。曹操の百万の大軍が長江の北岸に陣を取り、連なる船は空を覆い、旗は太陽を遮った。周瑜は三江口に陣を構え、密かに敵情を観察した。ある日、曹操の軍が小規模な攻撃を仕掛けてきたが、周瑜は自ら指揮を執り、見事に撃退した。この小競り合いを通じて、周瑜は曹操の水軍に弱点があることを見抜いた。すなわち、北軍は水戦に慣れておらず、船の上では足元が定まらず、戦闘力が半減していたのである。